環状線ランニングアラウンド
作者: 沼熊 もうこんなところ辞めてやる、と、新卒から三年間働いた地方銀行を退職したとき、わたしの頭にぼんやりと浮かんでいたのは、観光地で働く、ということだった。どこか、現実離れしているところであればどこでもよかった——離島、山頂、滝の麓。実際はそこにもまた別の種類の現実があり、それはそれでつらいものなのだろうとはわかっていたんだけれど、逃避というのはそういうものだ。 ゴールデンウィークが明けて少し経った平日、田舎の駅からロープウェイを登った先にあるハーブ園で、日本で他にいくところがなくなった数組の外国人観光客以外には誰もおらず、わたしはひっそりと飲み物売りのカウンターで待機している。そのものすごく長い時間、遠くの港町を見ながら、あのとき都会や銀行員生活の何がいやだったのだろうかと改めて考えてみる。まわりがいやだったのではなく、わたしの中身が変わっていくのがいやだったのだ。もともとせっかちなわたしが、どんどん高火力のエンジンを積むようになった、というのかな。周りの子たちは、そうやって生活のスピードを上げていけば、いつかは幸福に辿り着くものだと信じていた。でもわたしにはそれが、環状線の中でただ、ぐるぐるとスピードを上げているようにしかみえなかった。それに馴染んで、そうなりつつある自分が、あるときどうしようもなく、怖くなった。 そうして、このハーブ園にアルバイトとして逃げ込んできた。まわりのみんなは銀行員時代の感覚からするとびっくりするくらい動きがとろく、わたしは二週間もたてばここで一番仕事ができる人間になった。おばちゃんたちはいつでもほめてくれたし、若い子もまあ、何人かは面白くなさそうな顔をしていたのはわかるんだけど、基本的にはみんな仲良くしてくれた。数ヶ月後には正社員になって、そのあとすぐにマネージャーになった。でも、それはそれで……。 「ここは何でこんなに暑いの」 ひとめみただけで北米からの旅行者とわかる、大柄な女性が英語で話しかけてきた。白いTシャツ、腰に巻いている蛍光色のアウトドアジャケット、「アメリカ!」と叫んでいるような運動靴。わたしは面倒なので、意味は完璧にわかったけれどもわからないふりをして、曖昧に微笑んだ。 そう、そのことを忘れていた。このハーブ園は去年の八月から季節がとまっている。 それに最初に気がついたのもわたしだった。最...