おしゃべりペット

作者: 髙嶋 大作戦

 合鴨が川いっぱいに浮かんでいた。それは川の水よりもずっと多いように思えた。僕がそこに飛び込んだら浮くのだろうか沈んでいくのだろうか。喫茶店の小さな窓から見える川はいつ見ても退屈しなかった。

「ここの描写は死後の世界を表しているのだと思いました」

 退屈すぎて話していたことを忘れていた。彼女はここにある現実世界以外は死後の世界に見えるらしい。友人と語り合うつもりで喫茶店に来てみたが彼はガールフレンドを連れてきていた。

「彼の育った環境を考えればこの描写もとてもわかりやすいものです」

 すぐに場外乱闘を始めるところも僕を辟易とさせた。作品の中で語るものがないなら何も話さない方がマシだと思った。

 手持ち無沙汰だったのでコーヒーを飲もうとカップに手を伸ばすがもうすでに空になっていた。

「そうだね」

 僕は無難な相槌を打って友人を見る。彼は楽しそうに彼女の解説に頷いている。昔から権威じみたものに弱い奴だったので仕方がない。人からの目ばかりを気にしていて自分の目で物をみることを知らないやつだ。

 こういうときは別のことを考えるようにしている。これは逃げているともいえるし友情を守っているともいえる。いつの間にか使わなくなってしまった有線のイヤフォンとかお気に入りの曲がたくさん入っていたウォークマンとかのことだ。イヤフォンはソニーの水色のやつだ。鮮やかで気に入っていた。僕はいつの間にかブルートゥースの黒いイヤフォンを使うようになっていた。どこで失くしたのかも何もわからない。もしかしたらあの合鴨のたちの中にあるのかもしれない。

 彼女は相変わらず作者についてのうんちくを話している。彼女の知識には感心する。いちばん堅実で誠実なもの見方なのかもしれない。

 僕がもう一度美人とは言えない彼女の顔を見ると気が狂ったのかと思った。狂ったのは僕の方だ。それは彼女の顔がおさるのジョージになっていたからだ。僕は自分の想像力の貧相さにため息をついた。もっとあるだろうもっとと思った。彼女がふぁーふぁー話すので僕は可笑しくなってしまった。彼女が自分の話で笑ってくれていると思ったのかさらに勢いよくふぁーふぁー言いだした。僕は笑いが止まらなくなってしまって窓の外の合鴨を見るが何も効果がなかった。突然笑い出した僕に驚いたウェイターがこちらを見てくる。彼女の大きくて形のいい耳に僕の水色のイヤフォンが刺さっていた。僕はふぁーふぁーが聞こえないように彼女からイヤフォンを貰う必要があると思った。僕はウェイターを呼んだ。ウェイターは注文かと思って笑顔で近寄ってきた。僕は耳を指さした。

「それをくれないか」

 ウェイターは自分の耳にイヤフォンが刺さっているのに驚いたようだったが笑顔でそれを僕にくれた。

 変なところで見つかるものだと思った。そのイヤフォンは僕の手に渡るころにはブルートゥースの黒いイヤフォンになっていた。僕は窓の外を見た。あの大量の合鴨たちがとんでもなく大きな音を立てて飛び立つところだった。それはまるで黒い蛇みたいだった。また大きなため息をつくとその蛇を眺めた。その中の一匹が水色のイヤフォンを咥えて飛び立っていった。