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12月, 2022の投稿を表示しています

ゾロゾロついてきてっけどさあ

作者: 沼熊  恥ずかしさがわたしの後ろをゾロゾロついて回る。記憶はけばけばしい服を着て、わたしに向かって微笑みかけ、意味のあるようなことも多少は言うものだが、羞恥とはその下で地面に向かって物言わず、じとっと広がっている影である。現在の光があまりにも眩しく記憶を照らすので、わたしは最初、その下に広がる影に気がつかなかった。記憶が歩き出すたびに、片足ずつが地面に接地するたびに、その先から斜めに伸びている。  夜のみなとみらいの観覧車の明かりが、黒く沈む水面の波打つ上に途切れながら広がって行く様子が、わたしに逆説的にこのようなイメージを生じさせたのである。わたしは長いエスカレーターを降り、屋外に出た。冬の外気が渦を巻いてわたしを取り囲んできた。海沿いには赤いコンクリートがずっと先まで続いていた。色とりどりの記憶のなかには、私とすれ違うものもあったし、わたしと同じ方向に歩むものもあった。歩調はそれぞれであった。一見皆が楽しそうに笑い合っているかのようにも見えたが、そのなかにも、気難しい顔をしてひとり早足で行く者もあった。それらに影を落とすことのない人工的な光の列が左手に続いて見えた。この土地はまるでクリスマス・イルミネーションを中心に拡がっていったかのようであった。  わたしはあなたのことを思い出した。それらの人工的な光が、能天気な記憶達に影を落とすことを期待した。  わたしが映画を撮り始めてから二度目の冬だった。ちょうど映画祭用の作品の編集作業を終え、わたしがすることといったら、ただ毎日映画館に通い、朝から晩まで燃え尽きたようにぼんやりと映画を観るということだけだった。その頃は生活のための時間給労働ですら怠った。朝、あなたの家を出て吉祥寺の映画館に通い、午前中と昼からの2本をかかさずに観た。午後は体力が余っていればもう一本映画を観たし、それすらも億劫であれば公園に行ったり、喫茶店に行ったりして過ごした。そして、夜あなたが退勤する少し前には家に戻り、夕食を作り、あなたを迎え入れた。  時にはあなたと映画を見にいく休日もあった。芸術的な才覚のかけらもないあなたは、好きな女優が出ているだとか、興行的に成功している映画ばかりを観に行きたがった。  わたしは最初のうちそれが我慢ならなかった。同じ料金を支払い、同じ時間椅子に縛り付けられるのであれば、少しでも糧になる作品を見たいと考...

南の島のハメハメハ

作者: 髙嶋 大作戦  南の島に風が吹く。ハメハメハ大王が歌を歌ったのだ。南の空には星が瞬いている。またハメハメハ大王が新たな夢をみたのだ。  時間の流れは均一ではないというのは真理なのだと思う。ヤシの下に座って眠気と戦っているといやでもそう思わされる。3日前には学部生たちの卒論を指導しながら院生が学会で行うポスターセッションの面倒をみて、来年からやってくる留学生の書類を作成していたのが嘘みたいにゆっくりと流れている。ポスドクになってから初めて研究費の申請が通った。念願叶ってようやくこのハメハメハ島へとフィールドワークにやってきたのだ。赤道近くにあるこの島は一年を通して温暖な気候だ。マーシャル諸島共和国に属しているがそれは分からないことに厳しい現代社会への建前のようなもので完全に自治を確立している。島民たちは産業革命以前の昔ながらの生活を送っている。電気は通っておらず島に一台だけあるという発電機もガソリンの運送がわりに合わないために最後に稼働してから何十年も経っているらしかった。島民は男女問わず全裸なのだが島を歩いているとTシャツを着た(下半身は丸出しの)島民とすれ違うことがある。ここにもドイツ人の持ち込んだコプラ産業はあり少ないながらも貨幣での収入がある。そういった収入でTシャツを買ったりしている。ハメハメハ島へのアクセスはかなり悪い。日本からだとグアムで乗り継いでアイランドホッピングで島から島を何度も経由してマーシャル諸島共和国の首都マジュロへと向かう。その後もまたアイランドホッピングで一日がかりだ。さらにハメハメハ島にはラグーンやリーフがなく一年のうちの4か月は海が荒れていて近づくことさえできなくなる。  そういう生活だからもちろん時計もない。時計がないので待ち合わせもかなりアバウトだ。昨日、お昼にこの場所でと待ち合わせたがまだ相手はやってこない。もうお昼なのだろうしまだお昼ではないのだ。この島民たちはハメハメハ語というべき独自の言語体系で話している。それでもマーシャル語やポンペイ語との類似点も多いようで私の拙いマーシャル語やポンペイ語で何とか会話を成立させている。言語学者の端くれである私は言語学のブルーオーシャン(この場合なんてぴったりな表現なのだろうか)であるこのハメハメハ語の調査に訪れている。こんな研究にぴったりなテーマが今まで放置されていたこと...