投稿

6月, 2022の投稿を表示しています

The Upside Down

作者: 髙嶋 大作戦  東の空がサクレのレモンアイス色になっている。僕以外は特に可笑しいとも思わないらしくそのまま歩き続けている。道端に落ちているゴミが僕の名前を呼ぶ。囲んでいるビルもリズミカルに体を揺らしながら名前を呼んでいる。行き交う人々の間に立っていると前後から何度もぶつかられる。ぶつかってくる奴らの顔は全部犬の頭をしている。舌を出して息をしている奴と目があうとニタっと笑った。舌打ちをすると犬頭はそのまま歩いていった。僕を追い越していった女からトカゲのしっぽが生えていてぎょっとして後を追った。腕もジーンズから見えているくるぶしも鱗に覆われていた。なんで女だと思ったのだろうと思ったが服装も体つきも女のそれだったからだ。トカゲ女はちらちらと東の空を見上げながら東側に歩いていっている。僕とトカゲ女だけがレモン色に気が付いているのが気になってついて行くことにした。トカゲ女はハイヒールを鳴らしながらカツカツ歩いて行く。あるところで立ち止まったかと思うと僕はまたギョッとした。女が立ち止まったところは崖になっていた。火曜サスペンスとかでよく見る東尋坊みたいだ。ただ1つ異なるのが崖に打ち付けている波が高校の自販機で売っていたイチゴミルクみたいな色をしていたことだ。粘性があってとろみがある。跳ねあがった飛沫の1つ1つが僕に微笑みかけてきた。僕とトカゲ女以外はそのイチゴミルクの海にじゃんじゃか落ちて行っている。その度に泡がはじけてキラキラと光る油膜になって消える。トカゲ女はしばらく桃色の水面を見つめていた。時が満ちたというよう口を開けた。尖った牙の奥から赤い舌が炎みたいにチロチロと揺れていた。口の中に唾液が溜まって光が反射している。さらに奥から何かがせりあがって来る。金色の卵だ。彼女は一気にそれを吐きだして手に持ったかと思うとそれをためらいなく桃色の海に投げ込んだ。その卵は消えてしまったように見えたが明らかにそれが落ちたところから渦潮が起こっている。どんどんイチゴミルクは金色の卵の中に吸い込まれている。良く見ると上の方から吸い込んで下の方から放出していて砂時計みたいな形だ。遂に卵は全てのイチゴミルクを通し終わった。トカゲ女はそれも待っていたように歩き始めた。落ちるぞと思ったがそうはならなかった。イチゴミルクは良く見ると白い煙を上げている。触ったら冷たくてイチゴ練乳かき氷に...

天使の遊ぶところ

作者: 鈴木レイヤ  @reiyahead  パチンコ屋の前に座り込んで1ミリの煙草を吸っていたアヤネの爪には彼氏の成人式のために大金を払って塗ったネイルが残ったままだった――駅舎跡の二階にあるメイド喫茶でバイトをやっている女が厭世的ジュビナイル顔で階段を下りてきて、自転車に乗ってどこかへ行った。大概はコンビニかどこかへお使いを頼まれたのだろう。  アヤネのバイト先は一階の中華料理店であった――二階のメイド喫茶の連中は愛想悪く、アヤネと喫煙所で一緒になっても会釈一つしない。そういうのでアヤネは彼女たちを心底嫌っていた。  さっき自転車で行った女はアヤネの一つ下のハルカというやつで、高校に行かず駅舎跡を根城にうろつき回っていた――これはアヤネの彼氏よりも背が高い男と付き合い、いつだって偉そうだった。アヤネは少なくとも学校へは通っており、ここへ来るのは夕方からだった。ハルカが毎日昼過ぎから店で汗くさい禿げかかりを相手にへこついて彼氏に貢いでいるのだと考え、アヤネは自分の方がまともで強い人間だと信じた。タバコが終わりかけたところに中華屋の常連客がパチンコ屋から現れた――これはいつも店で、アヤネに自分を現役の大工であることを主張していた。だが、歯の抜けた老人でおそらく毎日朝から晩までパチンコを打っており、昼と晩をアヤネの店で食っていると同僚は言った。やはり老人は年長者顔でアヤネに話しかけた、どこも高齢の人間はこのように若い女に偉そうに口を聞いた。若い女であるから舐めたような顔をしているということは承知していたが、「あのビルを作った、この店の基礎をやった」と誇らしげに語る彼を見ていると、若い人間に少しくらい偉そうにしていてもいいだろうとアヤネは考えていた。よっぽどハルカよりは偉そうにしていて構わない人間だった。まず、この老人が自分に色気を見せないということもアヤネには良かった。また、小学生の頃に死んだ祖父を思い出すようでもあった。 「こんばんわ。景気はよろしくって?」 老人はやはり今日も昔話を始めた。 「鯉が群れているのは知っているだろうが、その鯉が水面の広がるに連れて回遊を始めたので、秋になると学者が押し寄せるようになった」と老人は言った。この話は前にも聞いていたが「昔は列になって泳いだりはしなかったのですか?」とアヤネは尋ねた。老人は「ワニや大蛇が増えた...

ある芸術家の逆行

作者: 沼熊  日めくりカレンダーを捲ると、今日の日付が逆さまに印刷されていました。  今の時代、他に誰が日めくりカレンダーなど使うのでしょうか。不便なだけでなく環境にも悪い、毎日一枚ずつ紙を捨てていく習慣。日付けや時間などというものは、この現代社会において最も早く電子化されるべきことがらのひとつなのです。今日は土曜だったので、その数字は青く印刷されていました。横には小さな字で”大安 ひのと え”と書かれていました。  私は困ってしまいました。生きてきて二十数年になりますが、逆さまの一日など一度たりとも経験したことがありませんでした。どのように過ごしたら良いかわからなかったのです。それが平日ならば、逆さまの一日に悩む暇などなく、まずは会社に行く準備をしなければなりません。会社に着いて、仕事を始めてしまえば、もう逆さまの一日になんて悩む必要もないでしょう。私は忙しくて、それどころではないでしょうから。私は手帳を取り出して、本日の予定を確認してみました。まず午前中は散歩をします。昼からはカフェに移動してしばらく時間をつぶした後、自宅用のコーヒー豆を購入します。夜はガラガラのライブハウスに行きます、無名バンドの演奏をいくつも聞きます。知らない人何人かとお話しします。  つまり、今日は逆さまの一日なので、まずライブハウスに行かなければいけません。私は支度をし、着替えて家を出ました。  まばらな人々がそれぞれの活動をしていました。部活帰りの女子高生の二人組とすれ違いました、犬の散歩をしているご老人とすれ違いました、ワインレッドのヘルメットを被った男がバイクで走り去っていきました。皆逆さまに進んでいきました。いえ、彼らが逆さまに進んでいるのではなく、私が真っ直ぐに進む彼らの中を逆さまに歩いていくのです。私の視界がきらきらと光りました。光はアスファルトに吸い込まれていってしまいました。生垣は緑色に光りました。それらは空を照らして色を変えてしまいました。  私はライブハウスに到着しました。重い扉が開き、私はそれを押し開けました。客が十数人いました。私は彼らの色とりどりの衣類をじっくりと見ました。無名のバンドを見にいく人間たるもの、皆けばけばしい色使いのものを纏わなくてはならないのです。多くの者はTシャツを着用しておりました。それは音を蓄え、発散するにはあまりにも軽過ぎました。今日の...