気が向けば電話にも出る
作者: 髙嶋 大作戦 着信があった。2回鳴って切れたと思ったら今度はずっと鳴っていた。 電話にはよほど元気がないと出ない。休日ならなおさらだ。ただあんまりにもしつこいと無視している労力が電話に出るそれを上回る瞬間がある。 知らない番号だ。 「もしもし」 返答はない。 「悪戯なら切りますよ」 やはり無言。無言だが無音ではない。水中の音がしていた。ドキュメンタリーとかで水にカメラを潜り込ませたときのやつだ。風切り音とも違う水中独特のあれだ。 「もしもし」 2度目も返答が無い。切っていいタイミングだった。ただこの先の電話がどうなっているのかが気になった。向こうからかけてきたのだし電話代も向こう持ちだとしばらく耳を傾けていることにした。 変わらず水の音が流れている。泡の音は不規則に聞こえる。電話が水の中に落ちているのを想像する。こいつは水没もせずに電話をかけてきているのだろうか。傍に誰かいるのだろうか。いくら考えても確かめようはない。 音が少し落ち着く。深いところにたどりついたのだろうか。水圧で馬鹿になっていてもおかしくないくらいの時間をつないでいるが相変わらず電話は水中の様子を伝える。 その水は澄んでいるのだろうか。それとも濁っているのだろうか。魚が泳いでいるのだろうか。アメリカザリガニだろうか、イワナだろうか。フクロウナギだろうか。護岸工事されているのだろうか、削られるがままなのだろうか。水は淀み流れず光も差さないのだろうか。音は情景を何も伝えない。 電話が切れる。 リダイヤルしても二度と水の中には繋がらなかった。